大人の自由帳

日本在住の外国人が日本語で皮肉を言います。

労働は何のためにするのか

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この、「外国人が日本語で色々皮肉を書いていくブログ」ですが、中の人が日常で忙殺されているうちに、コンセプトを忘れてしまったようですので、これからは好き勝手に書いていくとのことです。

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働けば働くほど、人生が不幸になっていく経験、みなさまはございますか。

入社して一年の会社である中の人は、ただいま絶賛転職活動中でございます。

理由は、働けば働くほど不幸になるから。

どうなんでしょうかね。

わざわざ海外に来て、わざわざ寿命削って働いてるのに、わざわざ不幸になるって、どういう神経してるんでしょうかね。まったく。

 

労働って何のためにするもの?

ものごとを逆算するとですね。

生きる! →衣食住! →お金が必要! →働こう! となるわけで、

衣食住を整えて、生きるために働くということなんですよね。

 

で、現代は紙幣社会なわけでして、現代で生きていく上では、例えば、右手から延々をから揚げを出す能力があれば、何とか生きていけるのでしょうが、

ただし、皿をパンに変えるにしても、元となる皿を手に入れるためには、お金が必要ですよね。

で、パンを手に入れて食べても、3日もすれば違う味のジャムを付けたくなるのが人間の常。「生活を豊かにしたくなる」というのが、現代の紙幣社会への参加者にとっては、「キャリアアップ」という言葉に変わるわけですが、日本社会でしばしば出会うのは、「キャリアアップのために労働するタイプ」の人です。ゴールのベクトルを合わせないままに。

 

悲惨です。残酷です。

そういう人って結局「頑張ってる私を評価してよ!」と言ってバグるのが常。

うまく動くはずのないプログラムなのに、なぜか普通に動いており、まるで魔導書みたいなコードのようです。そういうコードって、放置してると大体後から痛い目みるんですよね。

 

社会へ価値提供することを称賛しませんか

 

今は、多様性の時代ですからー「多様性の時代である」と外国人が日本語で言っているのですから、あなたが納得しなくとも、今は多様性の時代なのであります。ーいろんな人がいて良いとは思いますが、

「キャリアアップのための労働」はあって良いはずはなく、「社会へ価値提供している」ということに対価が支払われるべきですし、称賛とお金が集まるべきだと思うんですね。

「社会をよりよくしていこう」とする人たちの前では、「キャリアアップのために働く人」は、人格的同列で良いはずはなく、同じ目線に立つべきではないのですが、

いかんせん、日本の教育水準はすこぶる低く、どんなに強い意志があったとしても、文系大学を出たら「英語すら喋れないノンスキルの大学生」に社会より仕立て上げられてしまうために、四苦八苦を迫られ、心を折られることもしばしばであります。

 

逃げるは恥でもないしめっちゃ役に立つ

キャリアアップのために働く人を「アホである」と仮定した上での話ですが、アホから逃げつつ自分を客観的に見つめなおしませんか。

何ができるのでしょうか。何がしたいのでしょうか。したいことがあるのに社会に渦巻くアホどものせいでできない、というのはいかがなものでしょうか。

どこでも生きていけると思いませんか。

アホと自分。正気なのはどっちでしょうか。どう考えてもこちらですよね。

 

「正気なのはこっちだからな!!」の精神で、外国人は今日も日本語でを使って逃げ回っています。最近英語の勉強を始めました。