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大人の自由帳

日本在住の外国人が日本語で皮肉を言います。

社会性と客観視とタラバの蟹味噌

僕は、外国人です。

だからなんだという話ではありますが、どうやらそれがネタになるようなので、やはり珍しいものなのでしょう。ベンダル虎みたいなもんですかね。ベンガル虎なんでしょうね。

 

僕は、規則性を見つけるのが得意です。

日本語や英語の文法なんて主語と述語ぐらいしかわからないわけですが、北朝鮮のテレビニュース風に女性を口説いたり、スペインバルのメニューを全部韓国語風に言って笑っていただけますし、カジュアル差別をしない数少ない人と好んで選りすぐって深い付き合いができたりします。これはもう日本語はクリアしていると思って差し支えないのでは?ないよね?返事ないし、ないんでしょうね。

 

僕は、皮肉屋さんです。

40代からはシニカルと言われ、30代からは天邪鬼と言われ、20代からは怖いと言われます。

そんなことを好き勝手言われたりしますが、僕は元気です。

 

「外国人×規則性×皮肉屋が織り成す化学反応!」という低予算を極めたテレビ番組のキャッチコピーみたいなのがコンセプトのこのブログ。

今日は表現力と社会性の話です。外国人の立場なのに日本語で、社会性が欠如している日本人が多いことを憂いでみようと思います。

大丈夫ですかねこれ。大丈夫なんでしょうね。テキトーに言ってるだけですし、ちゃんと納税もしてますし。

 

 

感情表現が豊かすぎて本当に感心する

突然で野暮な話ですが、最近、大学時代の同級生が亡くなったというお知らせをLineで受けました。同じゼミで学習していた方でした。

理由などの詳細は全くわからないのですが、どうやら、妹さんから突然連絡が入ったようで、急なお知らせとしてグループLineにお知らせが投下されました。

僕は大学時代に同じく、急に教授の死を知らせる通達を投下されたことを思い出しつつも、妹の存在も知らなかったので相手に対してなんだか申し訳が立たず、亡くなった友人がいるという日常を過ごしながら、背負いこんででも重さに慣れるしかないと思っており、なるべく日常を穏便に過ごそう、いつも通り生活しようとしておりました。

 

重い話はここまでにして、ですね。

そのLineを見ていて気がついたのですが、最近の人たちってチャットでの感情表現が、抜群に上手いではないですか。

「え、、、」や「信じられない。。。」

そしてその後に続く「連絡ありがとうございます。」

 

もうね。完璧かと。文字だけで完璧に悲しいのかと。

文字だけでここまで受け手に伝わるというのは、最早、感心に値するなあと思ってしまいました。

 

もちろん、僕も悲しいは悲しいのですが、どう頑張っても「そうですかー」しか言えそうになく、返信もできなかった。

表現力の乏しさは呪いなんでしょうかね。呪いなんでしょうね。

 

 

社会性と客観視と反射神経の良い蟹味噌

さて、政治家ばりに話を捻じ曲げていきますが、相手に伝わるということは羨ましいスキルなので、なんの後ろ盾もなく遺産の相続も見込めない上に、好んでシニカルと天邪鬼をして怖がられがちな僕にとっては、日本社会で働いて、納税し続けていく上でどうしても必要な社会性であります。

 

社会性をゴールに据えて、逆算していくと大体以下のような思考ルートになります。

社会性を身につける ←社会に自分を合わせて、プラス要素を学習していく ←社会と自分のギャップを埋める ←批判と改善を繰り返していく ←本質を捉えて問題点を見極める ←自分を客観視する

 

ここまで、逆算していて思ったのです。

果たして、社会性を持っていると思っていた人が、みな自身を客観的に捉え、批判と改善を繰り返しているのだろうかと。

日本社会で働いて高い頻度でエンカウントする「社会性あるっぽい、中身が死にかけタラバのカニ味噌みたいな人」の存在についてどう解釈すれば良いのだと。

面倒なので、以降、カニミソラーと呼称します。

蟹味噌と言っても、タラバの、ですよ。知ってました?タラバって蟹味噌がすかすかなんです。

 

カニミソラーのペルソナ像を音楽の趣味で考えてみるとあら不思議!ナオトインティライミを聴きながら小躍りして、いきものがかりで意味ありげに微笑み、西野カナで震えている姿がくっきりと見えるではありませんか。

 

手に取られやすい音楽を取る。選び取るのではなく、手に取りやすい位置にあったから取るという行動原理が肝なのだと解釈できました。

その解釈でいくとどうだろう。一見社会性がありそうに見えるカニミソラーは実は、反射神経の良い猿なのではないかと思えるのであります。

 

社会性がある人カニミソラー

恋人と喧嘩する

+翌日にはお互い謝って話し直す

→喧嘩するほど良い仲である

(喧嘩することもあるが大事にしていく)

恋人と喧嘩する 

→喧嘩するほどの仲である

(よくわからないが喧嘩が多くて嫌になる)

批判される

+悪いという認識が自分になかったことに気がつく

→自分だけに大事なことを打ち明けてくれてありがとう

(改めるように努力する)

批判される

→自分だけに大事なことを打ち明けてくれてありがとう

(でも、批判されたからムカつく)

 西野カナを聴く

+心地よいと感じるし性格に合う気がして色々聞いてみる

→震える

(病院に行く)

西野カナをきく

→なんかよくわからないが震える

(病院に行けと勧められる)

 

社会性がある人は、物事に理由があるので、結果に辿り着けますし、その後の行動にも結びつくのですが、カニミソラーについては、ただの反射神経。

客観視なんてこれっぽちもしていないからこそ、他人から、病院に行けと勧められる仕末であります。

 

カニミソラーとのエンカウント率が、最近やたらと高いように思うのです。

外国人がわざわざ日本語でカニミソラーについて言及しているので、カニミソラーたちは息を吐くように自己肯定ばかりしていないで、社会性を持てる努力をしていただきたい。

いくらフックアップしたくとも、カニミソはフックからするすると落ちて行くのであります。

 

幼少時代の充足な愛は、時に残酷であります。。。

まぁ、全部わかって言っているのですが。。。

 

あ、「。。。」で感情表現ができましたね。

自分の学習能力の高さを肯定してあげて、今日は寝ることといたします。

 

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