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大人の自由帳

日本在住の外国人が日本語で皮肉を言います。

母の金で買ったメガネ

最近、告白ってどういうことなのかよくわからなくなってきた皆様、こんにちは。

物事すべてが専ら「確認作業」と化している僕です。

 

メガネを壊してしまい、ふと思い出して荷物を漁ったら、母親が高校時代に、なけなしのお金を出して作ってくれ、度数強目に作ったメガネが出てきた視界が開けてきました。

 

ブログ、全然更新できていませんでした。

仕事が忙しくて、、帰りが遅くて、、週末はなんだかいつもお出かけで、、、

言い訳はいくらでも取り繕うことはできますが、

多分、僕が好きな作業じゃないから書けないということに気がつきました。

コンセプトを決めて、仕事みたいに文章を書くなんて、、あたしゃ嫌いだよ!!

 

いやね、文章を書くのは好きなんです。とってもね。

特に、日本語で書くと、なんでも物語のようになると感じるので、楽しくとも悲しくとも書きなぐる。

 

人生、物語化です。

厨二病を引きずっているところがありますが、皆様どうか、引き続きポイしないでくださいね。

 

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次回からちゃんと書きます。

ネタに困るので、ありきたりですが、外国人の目線で見た時事ネタですかね。ちゃんと面白いやつね。

身もふたもない話

身もふたもない話というテーマで、

少し美しい文章で、やんわりと不特定多数を罵倒するという最高にロックな文章を書いたのに、アプリが落ちて全部パーになりました。

 

2回目ですよ2回目。

今回は、彼岸花の写真でごまかしておきます。

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無くなってわかる大切なこと

特別に冷たくしていたわけではないが、暖かく手厚く迎えたわけでもなかった。

寄り添ってもらっていたのはわかっていた。

ちょっとづつ離れていくものだと思っていたが、事実と思惑は食い違うものなのである。

日に日に感じる、開けていく距離感。

 

大切なものは目には見えない。

物事は、失ってから気がつくものなのである。手からこぼれ落ちた後に、無くなってしまっていることに気がつくのである。

 

髪の毛よ。君はどこへ消えてしまったのか。

帰ってきておくれ。

マッサージも定期的にするから!ちゃんと乾かしてから寝るから!

 

20時間ぐらい寝た後の起き上がりの駄文からこんにちは。

そして、もう眠いのでおやすみなさい。

デスマーチは続くよどこまでも

デスマーチすぎて何も更新できませんでした。

会社のWebページのリニューアル&リリース作業をしていたのですが、徹夜続きの作業。

 

こんなアホみたいなことを言いながら作業する元気が、途中まではあったようですが、不思議なことに、徹夜も二日三日続くと笑いの感情しか湧かなくなり、

平日にあった部内の面談も「頑張ります!とりあえず笑うしかないです!」しか言えなかった。

 

にんげんとは、なんとタフな生き物なのでしょう。

 

4日ぶりに家の冷蔵庫を開けたら、顔色の悪いナスが、それでも息を続けておりました。明日は生き別れの兄を見つけたような気持ちでナスを炒めます。

 

 

ということで、自分でも勉強しつつ、時間があるときにちゃんとこれを作って、クラブ通いウェーイ系男子でもわかるプログラミング講座を開始しますので、今回は一旦生きてるご報告ということで、谷根千の写真を置いておきます。

 

煮るなり焼くなり好きに使ってください。トリミングだけはNGで!

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労働が先か休暇が先か

働く必要がない人は、働かなくて良いと思う -KenInJP

 

ラッパーの名言風からこんにちわ。やっと少し金銭的余裕ができて心の余裕が生まれ始めた僕です。

ここ一週間、展示会やらサイトやらで会社の仕事が死ぬほど忙しく、働きっぱなしでやっと休みができたので、今日は日本の労働について書きたいと思います。

 

と、ここまで書く間に3回ぐらい、計4時間ぐらい寝ました。

大人ですから、眠い時に寝たいです。

 

因果性のジレンマなんて投げ捨てろ

鶏が先か卵が先か、という話は一度は耳にしたことがあるかと思います。

哲学なのか、理化学なのか、宗教学なのかはわかりませんが、卵が先か鶏が先かがわかれば生命の不思議や謎に近づけるロマンのある話でございます。

 

しかし、現代に生きる僕たちは、極めて忙しい!

ロマンなどどうでもいいから寝かせろ!と思うことも常でございます。

あ、そうでもないですか?気が合わないですね。

 

 

僕たちは仕事をして、稼いだお金で生活できているわけですね。

お金は呪いでもありますが、お金がないと狩りも漁もできず、何も生み出せない弱者は滅びてしまうので、人間が繁栄していく上では欠かせない道具なのであります。

ですから、お金はとてもとても大事であり、それを稼ぐというのは、生きる術です。

 

ただ、僕は声を大にして言いたい!

労働することに、責任感も持ちたくないし、睡眠の我慢もしたくない!!

 

時はもう21世紀!ロボットが働いて人間が楽する時代。人間はコストがかかるので、効率よく働くことを求められる時代です。

効率よく働いて成績を残すことは素晴らしいことではあります。

 

しかし、しかしです。

寝たい時に寝る、食べたい時に食べる、笑いたい時笑って泣きたい時に泣く。

自由は全く持って楽しく素晴らしいもの。

 

僕は、楽しく人間らしく生きるために働くのであって、働くために労働時間外を有意義に過ごすというは、どこかおかしくありませんか。

 

 

社会性の欠如を全力で埋め、雨の日は家で気ままに休めよ

日本語には、「苦労は買ってでもしろ」という言葉があります。

そういうことを言う人は決まって、「みんなスポーツが好きになれば、幸せな国になれるんだ!」と真顔で言ってくるタイプです。そういうとこなんだよお前の悪いところはって言っても気がつかないでしょうね。日本はなぜか同化を強要してくる人がやたら多い。ナメック星人かよ。

 

僕は、大学時代は資産や仕送りなんてものはなく、とてもとても貧乏で、夜バイトしながら昼間は学校という生活をほぼ毎日送り、ゼミ旅行などはあまり参加できず、卒業旅行も行けない環境。

 

お金を稼ぐことに頭を使う余裕すらなく、必死にバイトをしていた僕の目からは、一日4時間週に2回ほど居酒屋でバイトしながら、仕送りの補助もある人の方が、余程幸福ですし、顔色の血色も良かったように見えます。

 

苦労なんて、しなくていいのならしない方が良いに決まっています。

 

客観性の欠如は社会性の欠如。

自分を客観視して厳しく評価し、一体何が重要なのか、どの程度のことなら無理なく楽しく生きていけるのかを判断できる力が、この国の人間には圧倒的に欠如していないでしょうか。

 

良い天気だから、家で洗濯してうたた寝、公園で散歩をしたい。

雨だから、家でくるりでも聴きながら、只管読書やゲームに打ち込みたい。

そういう心の休暇の方が、働くことよりも人生を数倍幸せにするはずです。

多少休んだところでどうせ迷惑になんてなりません。

 

空気は悪くても、雨というだけでWechatで休暇連絡を送ってくる上海人の方が、余程清く正しく健康的ではないでしょうか。

 

自分を正しく見つめ、気ままに生きるために働こうを提言します。

良いから許して許されろ。気ままに生きるために働こう。

 

 

 

と、ここまで書くのにさらに2回、計8時間ぐらい寝てしまいました。

あまりにも寝すぎて支離滅裂になってしまいました。

要するに何が言いたいのかというとですね。

仕事サボって寝るのは最高!!

論理性なんてサヨウナラ

カカロットよりもベジータに親近感を覚えるみなさん、こんにちは。

ベジータやサスケとなら長く深い付き合いができそうな僕です。

持ちつ持たれつで害がなくて、結局美人と結婚するクリリンみたいな奴が一番幸せなんでしょうね。

僕もああいうのがいいですが、見える見えるとい思っていても、結局見えないのは、昼間の星と人生くらいなものであります。

 

二番手としての承認欲求

僕には欠点がたくさんあってですね。

いつだって髪の毛はくるくるですし、大人なのに髭は全然生えて来ませんし、自分に優しくなるような投資が苦手で、自分を守るために必要以上に他人を攻撃したりします。

欠点だという認識はしているので治したいとも思うのですが、自己への投資がどうも苦手で、例えばマッサージって気持ちいんだろうなと思っていても、未だに行ったこともありませんし、温泉なんてもってのほか。

人生に付加価値を与えるなんてのは、中々簡単なことではございません。

坂からコロコロ、どこまでも転がり落ちたいと思える日も少なくないのであります。

 

と、そんなストイックな心境で歩いていると前から女の人たちの声が聞こえます。

「あ〜、こんばんわ〜。○○ちゃんの母です〜」

 

この母のアイデンティティはどこにあるのでしょう。

○○の母という表現はどことなくずるい表現にも聞こえますが、同時に悲しさも含んでいると思います。

自分を承認してもらう前に、自分の関係者である○○を先に承認していないといけないので、少し壁は高いのですが、その壁を感じいるので、控えめに、「二位の承認」を求める行為と思いました。

 

日本語の中には、二番手としての承認欲求を求める行為・言動が非常に多いです。

友達の友達、○○の彼・彼女、○○の旦那・嫁

間男という言葉はあるのに間女という言葉はないので、日本語という言葉は実に社会的な言葉だと感じます。

「友達の友達」なんて言葉、他の国にあるんでしょうかね。

少なくとも、中国や韓国にはなさそうです。

 

アイデンティティはどこに宿る?

つまりですね。

人間の大前提として、「自分を一番愛す」ということがあるわけでして、だとすれば、日本語で表現できる二番手としての言葉には、アイデンティティが介在できる余地がないのです。

しかし、なぜかそんなアイデンティティのない言葉がとても多い。

慎ましく静かな民族性と思われたいこの言葉の話者達は、アイデンティティが全くないのか、実はものすごく孤独なのかどちらかということになります。

 

もちろん、アイデンティティがないわけはないので、後者に当たるのでしょう。

息苦しさは、ほどほどでいいんだけどなーと思う。今日は、空とてもが高く、青い1日です。

社会性と客観視とタラバの蟹味噌

僕は、外国人です。

だからなんだという話ではありますが、どうやらそれがネタになるようなので、やはり珍しいものなのでしょう。ベンダル虎みたいなもんですかね。ベンガル虎なんでしょうね。

 

僕は、規則性を見つけるのが得意です。

日本語や英語の文法なんて主語と述語ぐらいしかわからないわけですが、北朝鮮のテレビニュース風に女性を口説いたり、スペインバルのメニューを全部韓国語風に言って笑っていただけますし、カジュアル差別をしない数少ない人と好んで選りすぐって深い付き合いができたりします。これはもう日本語はクリアしていると思って差し支えないのでは?ないよね?返事ないし、ないんでしょうね。

 

僕は、皮肉屋さんです。

40代からはシニカルと言われ、30代からは天邪鬼と言われ、20代からは怖いと言われます。

そんなことを好き勝手言われたりしますが、僕は元気です。

 

「外国人×規則性×皮肉屋が織り成す化学反応!」という低予算を極めたテレビ番組のキャッチコピーみたいなのがコンセプトのこのブログ。

今日は表現力と社会性の話です。外国人の立場なのに日本語で、社会性が欠如している日本人が多いことを憂いでみようと思います。

大丈夫ですかねこれ。大丈夫なんでしょうね。テキトーに言ってるだけですし、ちゃんと納税もしてますし。

 

 

感情表現が豊かすぎて本当に感心する

突然で野暮な話ですが、最近、大学時代の同級生が亡くなったというお知らせをLineで受けました。同じゼミで学習していた方でした。

理由などの詳細は全くわからないのですが、どうやら、妹さんから突然連絡が入ったようで、急なお知らせとしてグループLineにお知らせが投下されました。

僕は大学時代に同じく、急に教授の死を知らせる通達を投下されたことを思い出しつつも、妹の存在も知らなかったので相手に対してなんだか申し訳が立たず、亡くなった友人がいるという日常を過ごしながら、背負いこんででも重さに慣れるしかないと思っており、なるべく日常を穏便に過ごそう、いつも通り生活しようとしておりました。

 

重い話はここまでにして、ですね。

そのLineを見ていて気がついたのですが、最近の人たちってチャットでの感情表現が、抜群に上手いではないですか。

「え、、、」や「信じられない。。。」

そしてその後に続く「連絡ありがとうございます。」

 

もうね。完璧かと。文字だけで完璧に悲しいのかと。

文字だけでここまで受け手に伝わるというのは、最早、感心に値するなあと思ってしまいました。

 

もちろん、僕も悲しいは悲しいのですが、どう頑張っても「そうですかー」しか言えそうになく、返信もできなかった。

表現力の乏しさは呪いなんでしょうかね。呪いなんでしょうね。

 

 

社会性と客観視と反射神経の良い蟹味噌

さて、政治家ばりに話を捻じ曲げていきますが、相手に伝わるということは羨ましいスキルなので、なんの後ろ盾もなく遺産の相続も見込めない上に、好んでシニカルと天邪鬼をして怖がられがちな僕にとっては、日本社会で働いて、納税し続けていく上でどうしても必要な社会性であります。

 

社会性をゴールに据えて、逆算していくと大体以下のような思考ルートになります。

社会性を身につける ←社会に自分を合わせて、プラス要素を学習していく ←社会と自分のギャップを埋める ←批判と改善を繰り返していく ←本質を捉えて問題点を見極める ←自分を客観視する

 

ここまで、逆算していて思ったのです。

果たして、社会性を持っていると思っていた人が、みな自身を客観的に捉え、批判と改善を繰り返しているのだろうかと。

日本社会で働いて高い頻度でエンカウントする「社会性あるっぽい、中身が死にかけタラバのカニ味噌みたいな人」の存在についてどう解釈すれば良いのだと。

面倒なので、以降、カニミソラーと呼称します。

蟹味噌と言っても、タラバの、ですよ。知ってました?タラバって蟹味噌がすかすかなんです。

 

カニミソラーのペルソナ像を音楽の趣味で考えてみるとあら不思議!ナオトインティライミを聴きながら小躍りして、いきものがかりで意味ありげに微笑み、西野カナで震えている姿がくっきりと見えるではありませんか。

 

手に取られやすい音楽を取る。選び取るのではなく、手に取りやすい位置にあったから取るという行動原理が肝なのだと解釈できました。

その解釈でいくとどうだろう。一見社会性がありそうに見えるカニミソラーは実は、反射神経の良い猿なのではないかと思えるのであります。

 

社会性がある人カニミソラー

恋人と喧嘩する

+翌日にはお互い謝って話し直す

→喧嘩するほど良い仲である

(喧嘩することもあるが大事にしていく)

恋人と喧嘩する 

→喧嘩するほどの仲である

(よくわからないが喧嘩が多くて嫌になる)

批判される

+悪いという認識が自分になかったことに気がつく

→自分だけに大事なことを打ち明けてくれてありがとう

(改めるように努力する)

批判される

→自分だけに大事なことを打ち明けてくれてありがとう

(でも、批判されたからムカつく)

 西野カナを聴く

+心地よいと感じるし性格に合う気がして色々聞いてみる

→震える

(病院に行く)

西野カナをきく

→なんかよくわからないが震える

(病院に行けと勧められる)

 

社会性がある人は、物事に理由があるので、結果に辿り着けますし、その後の行動にも結びつくのですが、カニミソラーについては、ただの反射神経。

客観視なんてこれっぽちもしていないからこそ、他人から、病院に行けと勧められる仕末であります。

 

カニミソラーとのエンカウント率が、最近やたらと高いように思うのです。

外国人がわざわざ日本語でカニミソラーについて言及しているので、カニミソラーたちは息を吐くように自己肯定ばかりしていないで、社会性を持てる努力をしていただきたい。

いくらフックアップしたくとも、カニミソはフックからするすると落ちて行くのであります。

 

幼少時代の充足な愛は、時に残酷であります。。。

まぁ、全部わかって言っているのですが。。。

 

あ、「。。。」で感情表現ができましたね。

自分の学習能力の高さを肯定してあげて、今日は寝ることといたします。

 

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